2016年4月30日土曜日

一人で生きられぬのも芸のうち

『ゴルゴ13』、高校生のときから読んでました。『アカギ』は今も読んでます。手塚治虫先生の『ブラックジャック』も好きでした。ルパン三世(2NDシーズンのほうです)も、学校から帰って火曜日の17時からテレビで見るのを楽しみにしていました。最近では、森博嗣さんの小説に出てくる各務亜樹良がお気に入りです。


彼らがどうかっこいいのかを今になって考えてみると、集団をまとめるリーダーではなく、個人としてプロフェッショナルなんだと思います。ブラックジャックはピノコという助手、各務には保呂草がいますし、ルパン三世には次元や五右衛門といった相棒がいますが、それぞれは独立した仕事をすることもできます。


誰にも依存せず、
誰の束縛も受けず、
自分独自の哲学を持ち、
自分の技術のみで市場から報酬を得る。


若い頃、そんな生き方に憧れていました。ある程度分かっていたことですが、特定の資格をもっているわけでもない文系の学生であったごりらにそんな仕事が最初からできるわけもなく、社会人として働いてからチームの一員として、リーダーの指示を効率的に正確に、周りのメンバーと協力して遂行するのスキルが求められることになります。


ごりらにとって幸運だったのは、大学を卒業して正社員として仕事を始めてから、個人としてのプロフェッショナルではなく、リーダーとして尊敬できる人を周りに見つけることができたことです。彼らのようなリーダーになりたいと思えるロールモデルが見つかったのです。逆に、高い専門性を持っている人と一緒に仕事をする機会もありましたが、そういった人の中で、その高い専門性を、誰かを助けることや、変革を起こすことに使うことに費やす人はまれでした。専門性の高い人は会社にとって貴重なため、上司からのリクエストでいっぱいいっぱいなのでしょうが、下や横からの相談に対してあまりに冷たい人が多いように思いました。


リーダーであることは最強の実務担当者であったり、鉄の意思を持った超人である必要はないということも、自分の経験とロールモデルから学んだことです。リーダーは、業務フローの全てを知っている必要はなく、スタッフが困っていることを支援したり、決められたルールがその通りに進むように仕向けたり、他の部署との決め事に決着をつけたり、組織の方向性を示すのが仕事だと学びました。ごりらには最大で11名のスタッフが下にいましたが、彼らの職務記述書は理解していますが、それでも、実際の細かい手順は、彼らがいなければわかりません。


前に書いたことと矛盾したことを書いていると思われるかもしれませんが、ごりらは、自分が自分の部署で担当していることを、自分ひとりでできないことをまずいことだとは思っていません。むしろ誇りにすら思っています(一つの仕事を複数の人間ができる状態になっている、という前提です)。かつて、強いプロフェッショナル個人を志向していた自分が今の自分を見たら、びっくりすると思います。


自分一人では、何もできないし、何でも一人でしょいこむ必要はないのです。ただし、結果責任と説明責任は取ります。自分で全てやろうとしていた時期もあり、仕事量のコントロールされていた日本ではうまくいっていたときもありました。ただ、海外に出て、仕事量のコントロールは自分でしなければならないようになったとき、それは自分の心と体を大きく壊すことだと気づいたのです。そうなんです、


誰かに頼らなければ、全ての判断と全ての責任を自分で負わなければなりません。それは、小説や漫画で描かれるよりも、ずっと大変なことです。
誰にも関わらなければ、自分の人生を自分のためだけに生きることができます。そのかわり、自分の人生は、たった一つの物語だけで終わってしまいます。
自分自身の哲学はあっても、それを誰かに伝えて、理解されなければ誰も気づきません。現実の世界ではちょっと変わった行動をする程度にしか見られません。
自分の技術だけで、生きていける人はまれです。ごりらにはそれだけの技術はありません。それよりも、みんなで仕事して、みんなで失敗を悔しがり、みんなで成功を喜ぶほうがごりらはずっと楽しいです。


何も仕事にだけに限ったことではないと気がついたのもこのときからです。海外に出てから、割と昔の友達に困ったことや悩んでいることを相談するようになりました。昔は弱みを見せるのはあまり好きではなかったのですが、「自分は十分弱く、一人で自分の人生の全ての判断をするほど強くない」と痛感してから、積極的に行動し、多くの人の知恵を求めるようになりました。


中でも、大学時代からの友人で、ここではたぬきさんとしておきましょうか、たぬきさんには仕事のことやプライベートなことまで多くの相談に乗ってもらい、助言をもらえました。たぬきさんて本当にありがとう。ごりらが日本に無事に帰任できたのは、たぬきさんのおかげです。


とりあえず予告どおり、今日で海外駐在失敗談のカテゴリは終了です。明日からまたインプット中心の記事が続きます。





2016年4月29日金曜日

変化を起こす人に、俺はなる

海外勤務の中でこれまで何度か、仕事を変えたいと思うくらい理不尽なことや、仕事への意欲が大きく削がれるようなことがありました。それでも続けることができたのは、会社の悪いところは悪いところとして認めて、それを変えていこうとしている態度を見せてくれた2人の大先輩がいたからです。


変化の乏しい会社では、会社の明文化されたルールと暗黙のルールの両方が変わらないため、長く勤めれば長く勤めるほど政治的にも実務的にも有利になります。しかし一方で、新しくできた会社や変化の激しい会社では、長く勤めていることが有利になるとは限りません。


したがって、変化の乏しい会社では、勤続年数が長い人ほど立場が上になり、自分たちの牙城である既存のルールを変えようとしません。ごりらの会社がどちらよりの会社なのかは正確にはわかりませんが、役職がかなり上の人の中に、自分の優位性を壊してまでも、会社にとってよくないことは変えていこうとする人達がいたことが、ごりらにとって救いでした。立場のかなり上の2名の先輩社員との会話が、つらいときに思い出されます。
一人目は、しか専務とでもしておきましょうか。


しか        「ごりら、今回は難儀やったな」
ごりら      「・・・・・・えぇ(弱ってて何も言えない)
しか        「ごりら、おまえは本当によかったなあ。」
ごりら  「・・・・・・」
しか   「・・・・・・」
ごりら     「・・・どうしてですか?」
しか       「言いたいことが言える会社に入ったからだよ」
ごりら      「・・・はぁ」
しか        「ごりらの年齢で、言いたいことが言える会社なんて、日本企業にはないで。おまえのしたことが間違っているか、正しいか、俺にはわからない。でも、一ついえるのは、おまえは運がいいってことだ。会社の中でいろんな不都合があるのは分かっているし、俺も上司のことで、この立場になっても悩むことがある。」
ごりら      「・・・そうですね」
しか        「変えなきゃいけないと思っていることもあるから、見ててほしいと思ってる。みんなの力が必要なこともある。会社をお客さんのために正しく変えていきたいと思っているなら、もっと実力をつけて、同じ志を持つ人と一緒に変えたらいい。俺もその道筋を作りたいと思ってる」
ごりら     「・・・はい」
しか        「今はちょっとしんどいかもしれんけど、面白いと思える仕事をしてもらいたいと思っているから、しばらくこの件は預からせてくれ」


二人目は、まめ部長です。
まめ     「ごりちゃんよう、これから大変だぜ。でもがんばってな」
ごりら   「ええ、覚悟してます。まめ部長もまたご昇進されますように」
まめ     「まあーそうだね」
ごりら   「・・・・・・」
まめ     「・・・うちの会社ってさ、変なところもあるじゃんか」
ごりら   「えっ、ええ」
まめ     「でもさ、悪いところは変えていかないといけないよね。でも俺らくらいの立場になると、なかなか一緒になって変えていこうとする横の人って少ないんだよね。俺も、一人だとどうにもならないことがある。だから、ごりちゃんみたいな若い人がどんどん会社を変えていこうとするのを、すごい期待している。本当に期待している。だから、一緒にがんばろうな」

――二人は、握手をして分かれる――



文章にしているだけで、じーんときてしまいました。また明日もがんばろう。すでに強い立場にあり、そしてその立場が危うくなるような方向に若手を励ませる2人の度量の広さに今でも感謝してます。ごりらも、どんな形であれ、よい変化を起こし続けることができるリーダーになりたいです。





今日のインプット

■FP3級 30分


FP3級は、問題集縦串(金融資産運用)。

2016年4月28日木曜日

ストリートスマートで負けた(下)

昨日の続きです。登場人物は変わらず。


かぼちゃ                      :親会社法務部 部長 法学修士  戦線離脱
じゃがいも                    :当社法務部 部長 法学修士 戦線離脱
ががーりん                   :弁護士。ががーりん法律事務所所長。きじの代理人。
きじ                             :弁護士。ががーりん法律事務所所属。
おらうーたん                 :ごりらの上司
ごりら                          :私


プロジェクトは一向に開始されないにもかかわらず、ばなな3万本を支払ったごりらの会社。このころから、ががーりん所長になかなか連絡がとれなくなる。海外出張が増えたとが理由らしいが、本当のところはわからない。



きじ弁護士との連絡はががーりん弁護士から相変わらず禁止されており、ががーりん所長と連絡が取れないことは、プロジェクトが止まることを意味していた。1ヶ月、そして2ヶ月が、何の進展もないまま過ぎた。



ついに、ばなな支払い後3ヶ月目にして、やっとががーりん所長とアポイントの約束が取れた。ごりらの上司のおらうーたんは、出張中で交渉の場に参加することはできなかった。きじ弁護士も、「親戚に不幸」があったらしく、不在だった。ががーりん所長とごりらの1対1の交渉である。


プロジェクト開始に必要な基本契約書のある章について、ががーりん所長は、文章を修正することを一歩も譲らなかった。これは、不確実なことの多いこの国ではどうしても必要な文言で、きじ弁護士の家族を安心させるためには必要であるとのことだ。また、この一章はこの国の契約書の雛形では一般的で、後々でこれを悪用するつもりはない、とも付け加えた。ががーりん所長は、何度も表現を変えて、上記の内容を繰り返した。後で別の法律事務所にこの内容が適正かどうか聞くと、他の契約書からコピペしたような文言で、状況に合致していないし、この場面で使う文章ではない、と回答をもらった。やはり、ががーりん所長は曲者だった。


この内容を受け入れてしまうと、うちの会社にとっては、ばなな4万本の機会損失が発生する。ばななを直接支払うわけではないが、本来得られるべきばなな4万本を失うことになるのだ。



2時間ほど交渉して、議論が並行線のままだと感じたごりらは、休憩を取ろうとががーりん所長に提案し、受け入れられた。外では滝のように雨が降っていた。遅々として進まない交渉を天があざ笑っているようでもあった。ごりらは、上司のおらうーたんに控え室から電話をし経緯を報告した。おらうーたんは、そこまで先方が粘るのであれば、何か事情があるのだろう、と、ばなな4万本を会社が負担し、契約書もそのままでいい、と決断した。


ごりらは納得いかなかった。これまで英語の話せないおらーうたんの代わりに、直接ががーりん所長と対峙し、この抜け目のない策士に完敗を宣言するのが癪だったというのもあるが、直接的・間接的に会社がどれだけダメージをうけ、リスクにさらされるかを考えると、おいそれとそのまま従うわけにはいかなかった。しかしおらうーたんは、責任は俺が持つ、と言い、さらに、いざとなれば、ばななを会社に補填する覚悟もあるとも言った。


部屋に戻り、30分ほど交渉して、ががーりん所長が譲らないことを確認したごりらは、おらうーたんの決断をががーりん所長に伝えた。ががーりん所長は、ごりらの会社が妥協してくれたことに対するお礼と、いかにこの文章を維持するのが大切かを繰り返し述べた。


結局、ごりらがががーりん法律事務所を出たのは、到着してから4時間経ってからだった。外の雨は止んでいた。オリオン座がいつもより輝いて見えたが、ごりらの心は晴れないままだった。


その後、おらうーたんの決死の覚悟による妥協によって、契約書締結がスムーズに行ったかというと、そうでもなかった。それからさらに1ヶ月経って、ががーりん所長は、また別の文章が気に入らないと言い出した。きじ弁護士の家族が心配している、と。


おらうーたんも、さすがにこれには腹が立った。ががーりん事務所は世界的な法律事務所と提携しているため、側面からの解決を図ったものの、これも結局、ごりら側が折れることになる。2ヶ月が無為に経過した。その間、請求書がさらに2枚、3枚と届き、ごりらの会社は支払った。


しかしついに、契約締結をする日がやってきた。しかし、最後の最後まで、この策士にはしてやられた。役所で登記手続きを行う必要があり、その場にきじ弁護士が同席することが必要だった。本当かどうか怪しいところだが、きじ弁護士のスケジュールがつかず、2週間ほどスケジュールがあと倒しになった。やっと指定された日に役所に行くと、きじ弁護士はいない。そして、ががーりん所長は、言ってのけた。


「資料も見届け人も足りない。そのために役所の方が残業をすることになるため、費用を負担してほしい。3000ばななくらいかな。」


ごりらがおらうーたんの立場なら、席を蹴って部屋を出て行ったろう。結局きじ弁護士抜きで登記手続きを行うのであれば、この2週間は何だったんだ? また、コンサルティング費用を請求するのであれば、この場で資料が不足していると指摘されるのは、ががーりん事務所の失態ではないか。それをどうしてうちの会社が支払わなければならないんだ? この場所まで来れば、絶対に断れないと思って言っていると思っているのだろうが、甘く見てもらっては困る。また、ここで折れたら、味をしめたががーりん法律事務所は、他の日系企業も同じ手口で騙されると思う。


結局、このプロジェクトを最初からやり直す覚悟と、このたかり屋の最後の小さな要求を飲む金銭的被害を天秤にかけ、3000ばななをごりらの会社は払うことになった。ごりらがおらうーたんの立場でも、前者の選択肢を取ることは難しかったと思う。ごりらはおらうーたんを責めることはできなかった。ごりらの会社がががーりん法律事務所に支払ったばななと、本来ががーりん法律事務所が負担すべきばななを負担した分は、合計で10万ばななを超える。


10万ばななの授業料が、下記だ。文章にすると陳腐だが、血肉となって経験したことなので、なかなか忘れることはないだろう。


教訓1: 代理人とだけ交渉しない。本人の同席を定期的に依頼し、代理人の発言の裏を取る。
教訓2: 請求書が来たからといって、支払わない。根拠の無いことに支払うと、次が延々と来る。
教訓3: 大きなばななが動く取引は、取引先の評判を自分で裏取りする。誰かに任せない。
教訓4: 常に代替案を並行させておく。選択肢が一つだけだと、相手はつけ込んでくる。
教訓5: 権威は当てにならない。弁護士だから明朗な請求書を出すとは限らない。
教訓6: 一人で戦わない。もてる経営資源は有効活用する。
教訓7: 支払いはなるべく役務の提供が完了してからにする。
教訓8:相手の失態は早めに大げさに指摘し、有利な条件を掴み取る。
教訓9:正直に状況を話すことが、常に相手の信頼を勝ち取ることには繋がらない。
教訓10:人当たりのよい人間が、常にビジネス的にWINWINを目指しているとは限らない。


このエントリを呼んだすべての人が、「途上国ビジネスだったら、こんなの当たり前じゃん」と思える日が来ることを祈ります。





(2016年6月5日追記)
秘密保持契約を最初に締結すればよかったと気づきました。そうすれば、きじ弁護士が家族に相談したとわかった時点でががーりん法律事務所との交渉を辞める理由ができましたし、もし交渉を継続するにしてもこちらに有利な条件で交渉を続けることができたはずです。







今日のインプット

なし

2016年4月27日水曜日

ストリートスマートで負けた(上)

今日から2日間に渡って「海外での大失敗は?」と聞かれたら、まっさきに思い出すエピソードを紹介します。ずっと紹介したかったのですが、内容を公開できる程度にぼかし、フィクションも入れて特定ができないようにして、かつ、エッセンスはそのままにするという難しい作業でしたが、なんとか形になりました。


登場人物は、下記です。


かぼちゃ                      :親会社法務部 部長 法学修士
じゃがいも                    :当社法務部 部長 法学修士
ががーりん                   :弁護士。ががーりん法律事務所所長。きじの代理人。
きじ                             :弁護士。ががーりん法律事務所所属。
おらうーたん                 :ごりらの上司
ごりら                          :私
                               


親会社経由で持ち込まれた案件に、かなり上の人間からががーりん法律事務所という法律事務所を使うお達しが出た。ただし、ががーりん社に頼みたいのは、きじ弁護士に、あるプロジェクトのメンバーとなって、出てきた成果物に対して助言、というかお墨付きをもらうことだった。


初顔合わせから、嫌な予感はしていた。ががーりん法律事務所のががーりん所長は、きじ弁護士と同席し、慇懃無礼な態度とともに、「本件については、私がきじ弁護士の代理人となります」と宣言した。いわく、きじ弁護士への直接の連絡は一切禁止し、ががーりん所長へ必ず連絡することとある。


ごりらは日本での実務経験から、代理人がでてきたときほど話はこじれることはないことを知っていた。代理人は、自分の立場と依頼人の立場を巧みに使い分け、企業からより多くを引き出そうとする。


やはり予想は1週間後、悪いほうに的中した。基本契約を締結するに当たり、まず、かぼちゃ部長が離脱することになる。当時の契約書は、親会社の法務部の監修を受ける必要があった。かぼちゃ部長は、質問があってきじ弁護士に直接メールを送っていたらしい。それに気づいたががーりん所長は、ルール違反を根拠に、取引の白紙を要求してきた。ごりらと上司のおらうーたんは平謝り。結果、かぼちゃ部長を交渉の場に出さないことでこの案件は継続されることになった。


次にターゲットになったのが、当社法務部のじゃがいも部長だ。会議の席上で、じゃがいも部長の失言にががーりん所長が激昂し、以降、じゃがいも部長はこのプロジェクトの会議の場に参加することはできなくなった。


これで、何が起こったか? 味方に、法律がわかる人間が表舞台の交渉に立てなくなってしまったのだ。後から考えると、これが、ががーりん所長の作戦だったと思う。失言や失態をみつけ、タフな交渉相手は舞台から引きずり降ろす。あとは、いかにも交渉慣れしてなさそうな日本産のおらうーたんと若いごりらである。


プロジェクトは、様々な要因により、一向に始まらなかった。しかし、ががーりん事務所との交渉は続いた。きじ弁護士には相変わらずががーりん所長経由で連絡を取っていたが、なかなかきじ弁護士の意見がもらえなかった。議事録への署名や資料の提出も遅れ遅れとなる。特に、署名が必要なものについては、ががーりん所長は、文章に異様なこだわりを見せた。いわく、「きじ弁護士の家族を安心させたいから、慎重な表現にしたい」「きじ弁護士が家族を説得するのに時間がいる」ため、何度も書類に訂正が入った。かぼちゃ部長もじゃがいも部長も、その場の会議には出れないため、余計に時間がかかった。


プロジェクトが開始して5ヶ月が経過したころ、一枚の請求書がががーりん法律事務所から届いた。「法的助言費用として」ばなな3万本分とある。請求書も何も、見積もりも出ていないのに法的サービスを利用した覚えはないし、そもそも、ビジネスパートナーにこれからなることを期待して契約を締結するのに、なんでお金を支払わなければならないのだ? ごりらは抗議したい思いでいっぱいだった。じゃがいも部長も、反対していた。しかし上司のおらうーたんは、まあしょうがないから払ったら、と決断した。これが誤った決断だったと、歴史は後に知る。ここで粘っていたら、もっと結末は代わっていただろう。


つづく。


ストリートスマートって何やねん、という方は、こちら → ストリート・スマートはどう教えるか





今日のインプット

■FP3級 30分
■読書 25分


FP3級は、問題集縦串(金融資産運用)。読書は、拾い読みとまとめ作成。


2016年4月26日火曜日

AfとAmを乗り越えて

ごりらは熱帯雨林気候(ケッペンの気候区分でAf,Am)に位置する東南アジアで駐在していたのですが、いくつか困ったことがありました。


まず、日差しが強いため、すぐに日焼けします。あまり日焼けしていると、ゴルフばかりして遊んでいるのではないかと、日本に会議などで一時帰国した際に思われるのが嫌でした。後半は、日焼け止めクリームを塗ってゴルフをしていました。それでも、日本に帰るたびに日焼けしたと指摘されます。


暑い日は40度を超えることもあり、10分も外を歩くこともできないこともありました。室内にいてもクーラーの効きが悪く、あまりにも汗をかくので香水をつけるようになりました。今まで香水をつけるのはホストくらいだと思っていたのですが、相手を不快にさせない気遣いも大切だと思い、なんとなく毎日続けてます。日本に帰ったらやめようと思います。


急な雨が降ると大変です。道路は排水機能が充実していないため、川のようになります。その結果、車がスピードを出せなくなるため、渋滞が起きます。すると、タクシーも当然のように捕まらなくなるか、捕まっても相場よりも高い金額を提示されます。強い雨ほどすぐにやむので、しばらくどこかで待つのが吉です。弱い雨の場合は、一日中振り続けることもあるため、待つわけにはいきません。今では、携帯傘を持ち歩くようにしています。


上記は、これから述べることに比べれば大したことはありません。一番精神的修養が求められたのは、ごりらが大嫌いな、カタカナ4文字で、「ご」から始まり、「り」で終わる虫が現れることです。「ごりら」じゃないですよ。4文字です。


奴は、21時以降、人気がなくなったオフィスに現れます。ごりらが残業が嫌なのは、奴に会いたくないという理由もありました。しかし、ひとたび奴が現れれば、全然集中して仕事ができません。会社は、月に1回薬を散布する業者を呼んでいましたが、それでも奴の進撃を止めることはできませんでした。奴は、アパートにも現れることがありました。奴は日本と比べて大きいのですが、ゆっくりとした動きのため、新聞紙でリードしてあげると円満に退去してくれたのが幸いでした。


ねずみも現れます。ねずみは動きが早く、視界から急に携帯電話くらいの物がひゅっと動いたなと思ったら、ねずみです。ねずみは、奴ほどには生理的に無理だとは思いませんが、それでもびっくりするため、気持ち悪いです。あるとき、現地従業員がねずみ用の毒をまいたら、あくる日、ねずみはトイレの天井裏で死んでおり、悪臭がひどかったということもありました。それ以降、ねずみは粘着シートで対策しています。

かわいければ許す?


















面白い仕事ができれば、少々の衛生要因が悪くても問題ないと個人的には感じていますが、きれいなオフィスで働くことができれば、もっと生産性が高くなるような気もします。




今日のインプット

■FP3級 30分


FP3級は、問題集縦串 (リスクマネジメント)。

2016年4月25日月曜日

キーボードを叩き壊そうと思ったときに思い出す話(下)

昨日の続きです。大航海時代の船旅に成功した船員たちをもてなす晩餐会での出来事です。


晩餐会には、フィンガーボールが設置されていました。フィンガーボールの水は、骨付きの肉や、海老や蟹を食べたときに、汚れた手を洗うためにあります。なんと、晩餐会の途中、ある船員がテーブルの上に置いてあるフィンガーボールの水を飲み始めてしまいました。


毎週のように晩餐会に出席していた貴族たちは、もちろん、フィンガーボールの使い方を知っていました。貧しい家庭の出身だった船員たちだけが使い方を知らず、飲み水だと思っていたのです。


気まずい沈黙が流れていきました。船員の不作法を指摘することは簡単ですが、船員をもてなすために開かれた晩餐会の趣旨にもそぐわないように思われました。また、不作法を言葉にすることで、船員と貴族たちの越えられない溝を決定的にしてしまうようにも思われました。


そのときです、貴族たちは先ほどよりも、さらに驚きました。なんと、館の主であった女性の貴族が、フィンガーボールの水を飲んでいるではありませんか。もちろん、彼女はフィンガーボールの使い方を知っているはずです。あっけに取られる貴族たちを尻目に、彼女は船員たちとの談笑を続けました。


しばらくして、貴族たちは女性貴族の意図を理解します。自分たちだけがフィンガーボールを指を洗うために使ってしまっては、船員たちに恥をかかせることになる。だから、自分たちも彼らと同じようにフィンガボールの水を使うことで、彼らをもてなすのだ。彼女の意図を理解した貴族たちは、一人、二人と、フィンガーボールの水を飲み、晩餐会は高揚感と一体感のうちに終了しました。


20年前のごりらにとって衝撃的だった学びは、「正しさは、相対的である」ということです。ある人にとって正しいことも、他の人にとっては正しくないことがある。同じ人の頭の中でも、ある時は正しいと思っていることも、いつか正しくないと思うことがある。また、場所によって正しい振る舞いが異なることがある。この女性がかっこいいと思うのは、自分の立場の力を使って正しさを振り回さず、弱い立場の相手の正しさの土俵にまず上がってみたことだと思います。


海外に出てみて、日本のやり方と違うことで腹が立つことばかりでした。でも、ごりらの慣れた日本のやり方は、いくつもあるうちの一つでしかないということを思い出さなければならないと、このエピソードは誡めてくれます。この女性のように、有利な自分の立場を捨ててでも、相手の立場に沿った考え方ができるようになりたいと思っています。



(追記)

インターネットで調べてみると、19世紀のヴィクトリア女王が、ある国の貴族をもてなしたときの話として紹介されています。





今日のインプット

なし


2016年4月24日日曜日

キーボードを叩き壊そうと思ったときに思い出す話(中)

昨日のアンガーマネジメントの話の続きです。


もう一つ、怒りを感じたときに思い出すのは、中学の道徳の教科書に載っていた話です。ごりらは学校のお勉強は好きではありませんでしたが、道徳の教科書を読むのだけは好きでした。これから紹介するのは、今でも覚えている話のうちの一つです。


時は15世紀の大航海時代。場所は西ヨーロッパ。大航海時代では、多くの事業家が投資家からお金を集めて、アジアやアフリカへ香辛料や絹などを持って帰って来る航海に出ました。航海が成功して、大きな利益を得ることができれば、投資家にとっても大きなリターンを得ることができるチャンスがありました。船乗りたちは、こぞってパトロンを探し船旅に出ました。出港した者の中には、船の技術・経験がほとんどないにも関わらず、着の身着のまま一攫千金を夢見て資金を集めて旅立つ者もいました。


ある古びた船団が、アフリカからの船旅からポルトガルの港に帰還するところから、この物語は始まります。この船団も、多くの船乗りと同様に、投資家のお金を必死に集め、数多くの苦難を乗り越えて、大きな成果を持ち帰ってきました。投資家たちは、当初想定していたよりも多くの成果を持ち帰った船乗りたちの偉業をもてなそうと、投資家のリーダーであったある女性貴族の晩餐会に呼ぶことになりました。


晩餐会。もてなした貴族たちは、招かれた船乗りたちの貧しい身なりを見て、少し嫌な気分になりました。船員たちが、自分たちの生い立ちや普段の生活とはかけ離れた存在であることに、今さらになって気がついたのです。しかし一方で、自分たちの出資した分以上の働きをしてくれた船員たちの勇気を思い出し、普段の客人をもてなす態度を取ろうと繕いました。


他の貴族たちとは対照的に、館の主の女性貴族は、そんな彼らのみずぼらしい装いを一向に気にせず、いつもの客人を受け入れるときの態度と代わらずに、船員たちを丁寧にもてなしました。


船員たちは、貴族たちの違和感には気づかず、自分たちの普段どおりのやり方でもてなしをを受けました。しかし晩餐会が始まるにつれ、貴族たちは違和感を一層強くしました。船員たちの食事のマナーや会話内容に、まるで知性を感じられないのです。貴族たちは、このような晩餐会を開いたことを後悔し、早く晩餐会を切り上げたいと思うようになりました。


そんな中、ついに問題が発生します。明日に続きます。





今日のインプット

■ジム 1時間20分










2016年4月23日土曜日

キーボードを叩き壊そうと思ったときに思い出す話(上)

途上国に駐在していると、日本と勝手が違って瞬間湯沸かし器のように腹が立つことがあります。駐在期間が長くなるにつれ、少しずつ怒りをコントロールする技術が身についてきたように思います。怒りの波が押し寄せてきたときに、気持ちを落ち着かせるためにごりらがいつも思い出すエピソードが二つあります。


一つ目は、何かで読んだ記憶があるのですが、出典を忘れてしまいました。インターネットで調べてもでてきませんでしたし、むしろネットには下記に書いたこととは別のことが書いてありました。ごりらが創作したアンガーマネジメント・ストリーとして楽しんでいただければ幸いです。


第二次世界大戦の中盤、連合国側の科学者たちが、ある兵器を作るために召集されました。期限は1年間で、メンバーは連合軍から集まった多国籍の精鋭6名です。連合軍が全面的にバックアップする大きなプロジェクトでしたので、メンバーとして呼ばれた科学者たちは意気揚々と集合しました。


最初のキックオフミーティングで、リーダーの科学者はこう言いました。


「みなさんよく来てくれました。大統領には、各分野で一番優秀な人を送るようにお願いしていました。私は、あなたたちを歓迎します。どうか、一国も早く戦争を終わらせ、世界に平和をもたらすように研究を進めようではありませんか。さて、皆さんの最初の仕事ですが、6ヶ月の間、一切の研究活動をしないことです」


そこに集まった全員が、拍子抜けしました。そうですよね。自分たちは連合国を勝利に導くために集まったのに、任期の半分を何もしないなんて。リーダーに対して疑いの目が向けられましたが、集まった彼らは、リーダーの指示に従うことという命令を赴任している国からもらっていたため、しぶしぶ従うことにしました。


そして実際に半年間、彼らは本当に兵器の開発はもちろん、一切の研究をしませんでした。代わりに行ったのは、共同生活でした。一緒に必ずご飯を食べ、眠る部屋も一緒でした。日中は一緒にゲームをしたそうです。


ときおり、政治家が様子を見に来ることもありました。一向に兵器の開発をせずゲームに興じる6人組を見て、プロジェクトの成否に不安を口にする者もいました。しかし、リーダーの自信ありげな受け答えを見て、任せてみようと思い直し、みな、帰っていきました。


6ヶ月が経過しました。そこで初めて、新兵器の計画がリーダーからメンバーに明らかにされました。その開発には、通常では2年以上かかると、内容を聞いた誰もが思いました。そして、メンバーは半年間遊んでしまったことを後悔しまいました。そんなときも、リーダーは自信を持って言うのです。「大丈夫、我々ならできる」と。


それから半年が過ぎ、大統領に結果を発表する日がやってきました。発表の場で、ホワイトハウスの出席者は驚愕しました。6ヶ月間遊んでいた科学者6人組が、いままで世界で使われたことのない最新兵器の完成を報告していたのです。


その兵器が広島と長崎に落とされ、太平洋戦争が終わるのは、もうしばらくしてからです。もうお分かりですね。新兵器とは、核兵器のことです。


どうやって科学者たちは、本来2年間かかる研究を半年で研究を完了させたのでしょうか。秘密は、チームワークにあったとメンバーの一人は述懐しています。会議でお互いの意見が合わず、議論が紛糾することがあっても、科学者たちは、「○○さんの言うことだから、単なる思い付きではなく、何か深い考えがあってのことだろう」と考え、真摯な態度で、お互いがなぜその意見を持つようになったのかを傾聴し合ったといいます。


深い議論は、より完成度の高い研究を実現します。その深い議論を行うために、最初の6ヶ月があったのです。信頼感を醸成するための準備期間として、あえて何も研究に手をつけないのが、リーダーの狙いだったのです。


現地従業員がミスをしたときや、取引先が、約束を守らなかったときに苦しい言い訳をしてきたとき、頭ごなしに決め付けて叱責するのではなく、「この人がこのような行動をとらせたのは何か?」「この人の発言はどんな原則に従って行われているのか?」を、同じ目標を追い求めるものとして考えるべきであることを、この科学者たちのエピソードは語っています。



言い換えると、相手への最低限への敬意がなければ、いい仕事はできないということですね。もしも駐在員が、「自分が例外的に知的に優れた人間で、蒙昧な現地従業員を指揮する選ばれた者」というマインドセットでは、組織としても長期的な成長は実現しないと思います。


6人の科学者のエピソードは、キーボードを叩き壊そうと思ったら、真っ先に思い出します。




今日のインプット

■FP3級 1時間


FP3級は、問題集縦串(リスクマネジメント)。




2016年4月22日金曜日

仕事が終わらない(下)

仕事が大量にあることに対する困難を完全に克服できたわけではありませんが、ごりらがこの失敗から学んだのは、①常に仕事の現状把握を行い、優先順位をつけて対応する、②期日に間に合わないときは、なるべく早く依頼者に伝える、③自分の専門分野を持っていないと、会社に振り回される、の三点です。


一点目は、現状把握を常に心掛けることです。この年以来、ごりらは自分の手帳の最初のページに毎年「現状把握」と書いています。どんなに忙しくても、まず、自分が何の仕事を抱えているのかを必ず確認したうえで作業を始めるようにしています。そうでないと、自分が好きなこと、自分が得意なことを優先してしまい、緊急度は低いものの重要なものを後回しにしてしまうからです。特に、自分がまだ対応したことのない作業については遅れ遅れにする傾向がありましたので、作業の段階を細かく切ってリストアップすることで作業に対する抵抗感を払拭しました。


さらに、自分がどれくらいの仕事を抱えているのかを他者に説明するのも学んだ点です。単に忙しい忙しい言うのではなく、自分が今締め切りを越えたレポートを何本抱えていて、さらに追加で上司からは何らかの指示があった場合、現状を伝えたうえで、他の人に仕事を振るようにお願いするか、上司に行ってもらうことも言わなければなりません。上司には仕事が遅いとか小言も言われるかもしれませんが、会社として成果物を期日どおりに提出するためには、自分では間に合わないことを伝えることがベストだと考えています。


最後は、自分の専門分野を持っていないと、いつまでたっても自分は幹部候補生という名の「便利屋」扱いだと痛感した点です。日本語ができるからこそ依頼されるレポートは、専門性は低く、長時間労働になりがちでした。長時間労働だと、将来に向けた勉強もできないし、将来に向けた勉強ができなければ、一芸に秀でていない駐在員は会社としては便利屋の仕事しかさせることができない・・・・といった悪循環が続くように思えました。これは、海外で経験したすべての拠点で痛感しましたし、他の駐在員も同じ問題に直面しているように思えました。ごりらの見た限りでは、システム系と財務経理系の駐在員は、社長からも一目置かれ、割と自由度の高い仕事ができるようでした。紆余曲折はありましたが、今、ごりらは財務経理系の一応は専門家として上司とその上司からも認めてもらっており、他社からも一緒に働かないかという話も頂いていますので、毎日、涙目で仕事していた苦しみが今、活きているのだと思います。


参考までに、財務経理で今何ができるか記載しておきます。ごりらの付加価値のポイントは、「財務経理の専門知識 × (英語 + 現地語) × 教えて再生産するスキル」の掛け算だと思います。どれも最高レベルではありませんが、掛け算をすることで、なかなかいない人材になれているのだと自負しています。


・会社の活動の仕訳の全てを自分で作成でき、かつ、英語と現地の言葉で教えることができる。
・エクセルだけで仕訳から残高試算表を作ることができ、さらに残高試算表から損益計算書と貸借貸借表が作れ、かつ、英語と現地の言葉で教えることができる。
・チームをまとめて月次財務諸表を2営業日以内に作成できる
・損益計算書と貸借対照表、キャッシュフロー計算書の月次要旨、予実分析を経営層に英語で報告できる
・損益計算書と貸借対照表の見方を英語と現地の言葉で教えることができる。
・監査法人に会社で発生したすべての会計処理の背景を英語で説明できる。
・監査法人と会計処理の変更について英語で交渉ができる(必ずしも全てPASS AUDITできるというわけではない)。
・銀行向けの月次業績資料を英語で作り、自社の状況について英語でプレゼンができる。
・経営成績と他行からの借入状況を元に金融機関と英語で交渉して自社に有利な資金調達ができる。
・フリーフォーマットで資金繰り表を作成することにより余裕ある資金繰り計画を実行でき、かつ、英語と現地の言葉で教えることができる。


海外に出たころは毎日がつらくて、毎朝社長との打ち合わせが終わった後、何度も「あの、すいません、やっぱり日本帰してもらえませんか?」と何度も口から出かかりました。今、できることを書き出してみて、多くの人の助けをもらいながら、ここまでできるようになったのは、少し誇りでもあります。今後は、苦しみもがきながらも体得した知識を、後輩が苦しまずに学ぶ土壌を会社で作るとともに、機密情報でない部分で、役に立ちそうなところはブログで発信していきたいと考えています。




今日のインプット

■FP3級


FP3級は、問題集縦串(リスクマネジメント)。




2016年4月21日木曜日

仕事が終わらない(上)

日本では、よい意味で仕事量が管理されていたと海外に出て痛感します。


海外赴任する前の最後の6ヶ月、仕事にも慣れてきており、また上司(とその上司と、さらにその上司)にも信用され始め、上司から指示された受身の仕事に加えて、自分で考えて企画書を作成したり、チームメンバーの教育資料を作ったりするといった能動的な仕事ができており、仕事への満足度は非常に高かったです。業績についても、部署として11ヶ月連続で目標を達成するなど、絶好調でした。


海外赴任が決まり、ごりらは最初、従業員規模200人の海外子会社に出向していろいろな部署の手伝いをするとともに、日本語の報告書や計画書の作成に携わっていました。日本人は最大で4名いましたが、様々な外的要因と内的要因により、ごりらが異動する時には2名になりました。2名になってからが特に大変でした。会社としての問い合わせは、全部ごりらに来ます。5Sの取り組みに始まり、システムメンテナンスの状況、同業他社のM&A、お客様のよろこびの声、日本でこんな事故があったが、そっちは大丈夫か、といった問い合わせに対応したりと、本当に大変でした。


日本では、上司はごりらがどんな仕事を抱えていて、今忙しそうなので他の人に振るか、自分で担当するかといったことを考えてくれていました。一方で海外では、ごりらが何を今抱えているかなど、問い合わせの依頼者である(主に)日本本社は見えていません。これが、本当にこたえました。日本本社は一方的にメールを送りつけ、一方的に期日を定め、期日が過ぎれば督促の嵐。さらにこちらの会社では会社でも複数のレポートラインがあり、事実上2人の上司から仕事が振られます。その結果、ひどいときは、常に3本くらいの報告書が期限を過ぎていたと思います。9時に出社して、24時ごろまで仕事をしても、それでも仕事が終わらないといったことが半年くらい続きました。このハードワークに最初に堪えられなくなったのは、運転手です。1年間で、運転手が長時間勤務に堪えられず5回入れ代わりました。


忙しい割りに、仕事がつまらなかったのもこの時期です。ずっと長時間の受身の仕事で、海外に出て積極的に自分のやりたいことができると期待していたのに、いつも敗戦処理のためにマウンドに向かうピッチャーの気持ちでした。気持ちが塞ぎ込んでいて、督促のメールに対して責任転嫁するようなことを書いてしまったこともありました。正直に白状すると、この業務過多の危機的状況を、うまくソフトランディングできたわけではありません。この時期、いろいろな人に迷惑をかけて助けてもらいました。このときに励ましてくれた人、相談に乗ってくれた人、傍にに寄り添ってくれた人には、今も本当に感謝しています。いつか自分が困っている人を助けることが、恩返しだと思っています。


明日に続きます。



今日のインプット

なし

2016年4月20日水曜日

脅し系上司の腹のうち

あなたが若くして海外赴任したとしたら、その国にはほぼ間違いなく日本人の上司がいます。中には公文式のように、20代で現地法人の社長として送り込まれるような会社もありますが、普通は日本人上司がいるでしょう。上司は、サービス業であれば社長か、製造業であれば工場長かもしれません。


海外駐在上司には4通りのタイプがいます。

(1) 出世街道を爆走中で、本人の希望もあり海外拠点で実力を忌憚なく発揮している (自分の意思で、積極的に海外を目指す)
(2) 家庭やプライベートな事情で、日本以外で働くことを希望した結果として海外で働く(自分の意思で、消極的に海外を目指す)
(3) 役員ともめて日本で現在ポストを用意するのは難しいが、本人の出世意欲は高く、部下からの人望もあるため、海外に派遣して一旦冷却期間を置く(人事の都合で、積極的に海外を目指す)
(4) 年齢が高いものの出世が頭打ちの可能性が高く、日本でポストが準備できないため、本人の希望とは関係なく海外拠点を転々としている (人事の都合で、消極的に海外を目指す)


どうでしょう。(1)から(4)まで、上司として一緒に働きたいのはどのタイプでしょうか。(1)の上司と一緒に働くと一番自分の成長になると考えますか。それとも、(3)の上司にいろいろ教えてもらいたいでしょうか。
ごりらが海外で一緒に仕事をしたのが一番多いのが (1)のタイプで、ゴルフやプライベートで親しくさせてもらったのが、(3)(4)の方です。(1)の人と一緒に働くのは大変ですよ。


まず、実績を出すことにとことんこだわります。それこそ、離職率が年間200%になろうが気にせず、駐在員・現地従業員問わず従業員から人気がなくても一向に気にせず、後方部門であれば今日やるべきことは今日終りにしない限り帰してくれません。営業部門であれば、数字へのこだわりというか、詰め方が本当にきついです。このような上司の元では、給料分の働きをしない従業員や、目標を達成できない従業員は人にあらずといった扱いを受けます。


次に、日本本社向けの仕事に命を懸けます。なぜなら、将来日本に帰任する際に、少しでもよいポジションで栄転するためには、上の覚えを少しでもよくしておきたいと考えるためです。特に、日本から偉い人が視察に来るときは、日本人駐在員をはじめ、日本語の報告書が書ける周りは深夜までしおり作りが大変です。何度も何度も修正が入ります。


1)の上司は、癒し系ならぬ脅し系上司です。「駐在員はいくら人件費かかるか知ってるのか」「嫌なら日本に帰れ」「この案件がだめになったら日本に帰るつもりで仕事してるんだよなあ?」と、駐在員のパフォーマンスを脅しによって高くしようとしてきます。


最初は脅し系上司の下で、耐え難きを耐え 忍び難きを忍び働いていたごりらでしたが、ある時から、なぜこの人は脅し系になったのかを考えるようになりました。


自分と同じ目線で相談できる相手がいない中、
生産性の意識が低い職場に経営管理の指標を導入し、
きちんと決まった時間に報告・分析するまで根気強く促し続け、
経済的動機で働く従業員にミッションとビジョンを何度も説明して職場に浸透させ、
他国でのベストプラクティスを展開しようと一人で仕組みづくりを進め、
従業員が不正していないか、さぼっていないか神経をすり減らして見張り、
日本本社の頓珍漢な指示を何とかやりすごし、
せっかく育てた中間管理職も他社に引き抜かれてしまうのに、
人件費だけ高い新任駐在員がやってくる



脅し系上司は待っているのです。信用できる右腕がやってくるのを。脅し系上司と同じ目線で考え行動して、こまめに報告することができれば、信用を勝ち取ることができます。時間はかかりますが、ひとたび脅し系上司の内側に入り込むことができれば、仕事のやりやすさや充実度が代わってきます。




今日のインプット

■FP3級 30分


FP3級は、問題集縦串(リスク管理)。 






2016年4月19日火曜日

環境を整備することと、チャンスを待つこと(下)

昨日の続きです。


ごりらの部門の組織図は、最終的には下記の通りになりました。

































ここで注目して欲しいのは、C1C2というのは、最初の組織図で一番下だった人たちです。この人たちが、きちんとAやBの代わりが務まるようになったというのは、ごりらのちょっとした誇りでもあります。経営者の目線に立ってみても、業務量は増えたにも関わらず、合計の人件費は4400から4020に減りました。効率的な部門運営が可能になったということです。









一方で、現地従業員の「準備する心」も大切だと考えています。C2のスタッフがここまで給与を上げることができたのは、この立場になってから実力を発揮したのではなく、いつなんどき、先輩であるAやBが退職しても代わりが務まるようにするという片鱗を見せていたからに他なりません。そうでなければ、ごりらも、ごりらの上司も、この人に代わりを任せてみようとは思わなかったはずです。まさに、この記事で紹介した”chance only favors the prepared mind.” ですね。ごりらの環境整備の努力もあったかもしれませんが、従業員がチャンスを待って準備していたからこそ、現地化が進んだのだと考えています。


もし仮に、今D1のスタッフが、

「私の職務範囲は今の分だけなので、これ以上の仕事は担当したくありません」
「私は今の給与で満足です。これ以上学びたくありません」

といわれてしまったら、C1からD1への業務分担は進みませんし、C1からD1に流れないということは、ごりらからC1への業務分担も円滑に進みづらくなります。


これは、採用のミスマッチだと思います。ごりらの失敗です。まだ小さい会社なのだから、自分のできることはこれだけだ! と思っているスペシャリストよりも、いろいろ挑戦することを楽しいと思える人を見極めて採用するべきでした。D1の人は、昇進の機会が制限されるというインセンティブによって、会社を自然に去るように仕向けられることになります。本来、自分のやりたいこととマッチした会社で働くことのできた時間をうちの会社で過ごすことになったD1の人にとっては、機会費用が発生したとも言えます。


実は、塾のアルバイトでも、同じような失敗があります。ごりらは、「今の実力は目標に達成していないけれど、学ぶ気のある生徒」には何とかしてあげたいと思っていろいろと努力しますが、「今の実力は目標に達成していないけれど、それは問題ではなく、塾には友達に会うためにくる生徒」の何人かは、塾にいずらくなることがわかっていてそのままにしていました。


海外駐在時も同じで、「会社で何も学ぶつもりはなく、100%アウトプットするつもりで会社に来る従業員」が、ごりらのところで働くとどれだけ働きづらい思いをするのか知ってたうえで、そのまま退職することになることを知りながらそのままにしておりました。優先するべきは、WILL(やる気)はあるけれどSKILL(技術)は今ない従業員を育成するような環境を作ることだと考えていたからです。


D1の例で上げた、「自分は職人として最高の状態にあり、その自分のスキルを十全に活用するだけで会社に対して継続的に価値を提供できる」と考えている従業員、ありていに言えば、「できることしかやらない」従業員の例は何人か経験しており、こちらが環境を整備することと、チャンスを待っている従業員をきちんと採用することがお互いにとって大切だと感じています。採用面接は重要な場として、人任せにせず、立ち会うようにしています。



今日のインプット


■FP3級 30分


FP3級は、復習。









2016年4月18日月曜日

環境を整備することと、チャンスを待つこと(上)

皆さん、海外駐在員が仕事の上で一番必要なスキルって何だと思います?


英語力? タフな交渉力? 人脈? お酒が強いこと? 


どれも間違いではないと思います。ただ、これから赴任する後輩と話す機会があるたびに、ごりらは駐在員に一番必要な能力は再生産する能力だと力説しています。リーダーの仕事は、次のリーダーを育成すること、とも言えます。



海外駐在時、ある時点におけるごりらの部門の組織図は下記のとおりでした。ごりら以外は全員現地従業員です。



























実際はもっと紐づいているのですが、説明のために簡潔にしています。


この組織図において、一番下に位置する担当者(C1-C4)の人件費を100と仮定したときの各人員の給与が下記です。ついでに、彼らが会社を辞めるときに考えていたことを書いておきます。






















ごりらの会社では、Aレベル(中間管理職)、Bレベル(そこそこスキルのある担当者)、Cレベル(担当者)の離職率の違いに大きな差異はありませんでした。東南アジアの日系工場の離職率は1年で30%程度と言われていますが、ごりらの会社の離職率は、その水準よりも少し高い状態です。これは、ごりらが属している業界が、当時、労働需要が高い業界であったことが原因だと考えています。


それよりも問題は、後から採用される人間の希望給与は、常に最新の労働市場の需給を踏まえたものであるということです。従って、A1が退職したとき、代わりとなる人間が1200を希望してきたり、1500を希望してくることが当然のように起こります。


すると、当然、A1が離職する際に、「あたしの給与は1100くらいが適切じゃないの? 上げてくれないなら辞めます」と言ってきたときに、「あそーお? これまでありがとね」って言ってしまったことを後悔することになるわけです。


そこから学ぶのは、際限ない給与引き上げ交渉に引きずり込まれることなく、A1が辞めたときに、「B2、B3がいつでもA1の代わりになれるようにしておく」ということです。具体的には、業務を可視化、単純化、標準化することで暗黙知のように見える仕事を形式知に変換することで誰でもその業務ができるように環境を整備することです。



もしごりらが、組織図(第一段階)で、A1B2B3の仕事を把握していなかったら、退職を引き止めるために給与を引き上げることを受け入れなければならなかったり、適当な仕事を看過することを強要されることになったでしょう。それくらい、この再生産する力は部門を運営する際に重要なのです。このあたりは別の記事(→給与を上げるか、さもなくば退職か)で書きましたね。



特にスタートアップから関わったビジネスでは、最初は何も文書化された形式知はありませんから、このプロセスは大事でした。後から気がついたのですが、学生時代に教える系のアルバイトをしていたことが、よい訓練になりました。会社立ち上げの海外駐在と、塾講師のアルバイトはこんなに似てます。


■学生時代の「教える」系アルバイトと海外駐在の類似点








































しかし一方で、環境を整備するのは準備の一面で、それを受け入れる側のことも考慮に入れなければなりません。明日に続きます。






今日のインプット


■FP3級 35分



FP3級は、問題集縦串(ライフプランニングと資金計画)。

2016年4月17日日曜日

締め切りを越えても、くさらず前進する

今日は、他者を巻き込む時間管理について苦労したことを記載します。


現地従業員については、こちらが黙っていても進捗報告をしてくれる人は奇跡に近い確率でしか遭遇しませんでした。第三者から指摘されてから相談してくれるのはまだいいほうで、締め切りを越えてしまっても、改善策を考えることなく、まるで何事もなかったかのように稟議書を出してくる兵もいました。税務登録番号や損害保険の更新、就業規則の更新届出といった重要な書類についても、何度もぎりぎりのところで戦いを繰り広げていました。


他社も含め駐在員によっては、「現地人は、生来怠け者で責任感がないからだ」と決め付ける方もいましたが、ごりらはそうは思いません。日本人との違いは、見えている情報の差と、職務範囲の説明をしていないことに由来しているのだと思います。勝手にやってくれるだろうと想像する日本人が悪いのだと思います。エクセルやアウトルックで締め切りがわかるような仕組みを作って自分で管理してみて、うまくいきそうだったら現地従業員に少しずつ教えて現地化を進めるのが日本人駐在員の仕事だと考えています。


これまで一番危なかったのが借入契約の締結です。日本では金融機関から法人としてお金を借りるときは書式が決まっているのですが、赴任した国では金融機関によって全然違うのです。タイムテーブルを作るのですが、法務部や弁護士法人の監修を行ったり、役場での公証手続きが本当に計画通り進まず、資金が必要な3日前になってやっと借入枠が準備できるといったこともありました。


どの案件にも共通して大事なことは、何が起きても遂行するという強い意思だと痛感しています。日本本社は、責任を取らないのに口を出してきます。決断するまでに全てを理解しないと気がすまない質問魔も現れるでしょう。現地の役場は、なんだかんだと理由をつけて賄賂を請求してきます。会社の法務部は、瑣末な条項が会社を将来揺るがすきっかけになると経営者に熱弁して不安を煽ります。上司は、面倒なことは関わろうとせず、あなたに全部遂行責任をなすりつけてきます。それでも、精神面でずたぼろになりながらも、当初の期日は越えてしまっても、社内からは批判の声が上がったとしても、遂行してみせることが、日本から送り込まれた駐在員の価値だと考えるのです。


しかし一方で、熱い思いがあっても一人でできることには限界もありますので、プロジェクトを分解して現地従業員に細かく支援してもらうなど、人を巻き込む仕組みを作ることも必要です。


これから海外駐在する人に一つアドバイスすることがあれば、何かを依頼して現地従業員が締め切りの時間をすぎて、督促したときに「あと5分」と言われたときは、たいてい大きな問題が起きており、もっと詳しく聞いていかないといけないということです。「あと5分」は信じてはいけません。


自分でがんばれるところはがんばり、少しずつ現地従業員だけで期日どおりに遂行する文化が根付くことができれば、会社として大きな前進だと思います。 







今日のインプット

■FP3級 2時間30分
■法人営業力強化・事業承継・M&Aエキスパート試験 15分


FP3級は、問題集縦串(ライフプランニングと資金計画)。法人営業力強化・事業承継・M&Aエキスパート試験は、問題集縦串(事業承継関連税制)。

2016年4月16日土曜日

他社からの誘い

海外転勤前に会社の先輩から聞いていたのが、海外で働いていると、割と普通に他社から働かないかと誘いを受ける、ということでした。共通の知り合いを何人か挙げられ、彼らも他社から誘いがあったと聞かされました。そのときは、そんなもんかいな、と疑問に思っていました。海外で担当するであろう自分の仕事は、非定型業務で、かつ、自分の会社文脈に依存しすぎて、他社で活かせる知見はあまりないとすら思っていました。


さて、約5年の海外赴任で、まったく何もこちらが情報発信していない中で、向こうからアプローチしてきたのは2回ありました。


1回目は、仕事を干されていた時期に、状況を見るに見かねた現地の知人が手を差し伸べてくれました。「事情は聞いた。なんならうちで働かないか」と、フェイスブック経由でメッセージくれました。そのときは、①ここで今の会社を辞めたら、これからずっと苦難から逃げることになると思っていたこと、②誘いを受けた会社も、ごりらのスキルを見定めて誘ってくれているというよりは、ごりらを助けたいと思って声をかけてくれているのがわかったため、後で役に立たず迷惑をかけることになるとうすうす感じたこと、の2点から、見送りました。


2回目は、いけいけどんどんな同業他社で働く日本人から。会うたびに「一緒に働きたい」「ごりらさんの財務経理の知識がうちに欲しい」と言われていました。うちの従業員も最低3人はその会社に引き抜かれていましたので、その従業員から私の業務内容を知ったのだと思います。自分のスキルが評価されてうれしいと思う反面、誘いを受けた会社の理念と実際に行っているビジネススタイルに全く共感していなかったので、見送りました。


ごりらが今失敗だったと思うのは、誘いに乗らなかったことではなく、ナイスに断れなかったことです。1回目については、心がぼろぼろになっていた時期で、全てがごりらを退職に追い込むための罠なんじゃないかと疑ってしまい、返信しませんでした。返信できる精神状態ではなかったという表現のほうが正しいです。せっかく声をかけてくれたのに申し訳ないことをしました。その人とはそれっきり没交渉です。


2回目の誘いについては、「いやー、ごりらはたたけばいろいろ埃がでてきますし、集団行動も苦手ですし、過大評価しすぎですよー」と言って毎回かわしていました。そこは、社会人として、「誘っていただいたことは感謝していますが、今、進行中のいくつかの仕事に責任とやりがいを感じており、今はその機会ではないと感じております。時期がくればこちらからお声がけさせていただいてもよろしいでしょうか」とか言えばよかったです。反応が遅いのも問題だったと思います。もしごりらから断られていると分かっていたら、その人は別の人にアプローチするはずですから、曖昧な態度はその人の時間を奪っていることになります。その人も3ヶ月くらいでその会社を退職してしまったため、それ以降は声をかけられることはなくなりました。


次からもっとたくさんの会社から声をかけえるように精進しつつも、ナイスに断る練習をするごりらです。





今日のインプット

■FP3級 30分
■法人営業力強化・事業承継・M&Aエキスパート試験 15分


FP3級は、問題集縦串(ライフプランニングと資金計画)。法人営業力強化・事業承継・M&Aエキスパート試験は、問題集縦串(事業承継関連税制)。




2016年4月15日金曜日

あきらめたらそこで会社終了ですよ?

海外に出て、日本では経験したことのない難易度の高い仕事を広い守備範囲で担当する中で、多くの失敗と学びがありました。


あとで笑い話になるようなものもあれば、あと一歩で営業停止になるようなものまで、エピソードは事欠きません。今では会社全体として海外で若手にお金や帳簿、税務、労務関係を任せることは減ってきて、リスクを避ける方向に傾いてきています。当時はよく会社がごりらみたいな若いのにそんな仕事を継続させてくれたと感謝してます。貴重な学びの経験を自分と組織の血肉として、今後に活かしたいと思っています。


ある金融機関とのプロジェクトとのことです。社内である程度根回しをしたうえでプロジェクトを進めてきましたが、いくつかの稟議を通す必要が新たに発生しました。さらに一つの非公式の稟議にも急遽、その案件を通す必要ができました。なお、ごりらは資料は作成しましたが発表は上司で、資料の作成者の名前も上司です。質問も上司に来ますが、ごりらも資料の作成者としてほぼ全員から認識されており、話すことはできます。テレビ会議です。


その会議では、多くの人がこのプロジェクトに反対しました。


「資料に不備がある」
「この会議は手続き上、この順番で提案するべきものなのか?」
「そんなスキームは聞いたことがないが、本当に大丈夫なのか」
「中期計画が楽観的すぎないか?」


通常業務で忙殺されている中で、短い時間で作った資料なので、不備があるのは承知しておりましたが、ここで案件を通しておかないと、資金繰りが詰まってしまうところでした。でも、ここまで英語で、立場の上の人から問題点を指摘されて、それでも上司を飛び越えて自分の意見を言う経験は、ごりらの人生で今までありませんでした。質疑応答は、正直、自分の仕事ではないとすら思っているところもありました。日本でも自分の意見を言うほうで、生意気な若手だった自負はありましたが、その場の雰囲気で、何かを話し、状況を改善する方向に結びつけるのはできませんでした。


結果として、その議案は否決されてしまい、ごりらの会社は資金繰りにつまり、債権者から訴えられた会社は倒産しました・・・・・・・


とはいかず、なんと、次の議案が始まって少ししてから、助け舟を出してくれる会議の出席者がいたのです。この助け舟を出してくれた方を、ぺんぎんさんとしておきましょうか。


ぺんぎん 「ちょっと待ってください。ごりらさん、これ通らなかったら●月にはお金なくなるんだよね?」
ごりら 「え、えええはい」
ぺんぎん 「資料に不備はありますが、資料を修正して再度次回の会議までに出すことを条件として条件付承認にしませんか。ここで承認をださないと、あとでいろいろ助けるために手間がかかるのは私たちですよ。」
ふぇれっと議長  「むー。ぺんぎんさんがそういうなら仕方ない。おいっ、ごりら。次からしっかり資料を作っとけよっ。みなさんそれでいいですね。次の議案行こう。」


間一髪で助かりました。そのときごりらが気がついたのは、恐怖感にも似た自分の責任の重さと、権威は当てにならないので、自分がしっかりしていなければならないという覚悟です。


そうなんです。


「ぺんぎんさんが今回は助けてくれたけど、ごりらがここであきらめてたら、本来は会社終了だった」
「誰も、うちの会社がこの案件を否決したらどうなるか考えていなかった。ただ、目の前の稟議書の不備を指摘し、どれだけこの提案がリスクあることなのかを指摘するだけだった」
「発表者である上司も、否決されれば資金繰りに困ることは知っていたが、なんとかなるだろうと思っていた」
「若いとか、ポジションとか関係なく、ごりらがここで現状を説明し、不備を認めつつも承認を勝ち取らなければ、会社はなくなっていた」


この会議は「ごりらはラストマンなんだ」という決意を新たにするきっかけになりました。その後、英語で、テレビ会議であれば、この会議と同様に単なるオブザーバーでも自分の意見を述べ、案件を通るように努力するようになりました。最初は知識や経験不足から頓珍漢な援護射撃をしてしまうこともありましたが、少しずつアウトプットと軌道修正を重ねるうちに、次第に議案が通りやすくなりました。最近では、ごりらの議案(提案者名は上司ですが)では何も質問がでなくなるほど、まかせてもらっていると思ってます。




今日のインプット

なし

2016年4月14日木曜日

何に期待して仕事するか

日本本社へのうらみつらみを書いた昨日の記事の続きです。でも、ちょっと待てよ、と思い直しました。このパターンどこかであったぞ。


小学生のとき
「一人で全部の科目を教えることができるなんて、小学校の先生はすごい。先生って、選ばれた僅かな人間しかなれない職業なんだな。そんな人から教えを請うことができるんだ」

(しばらくして)

「僕は確かにごりらに似ているけど、動物じゃないんだから話せばわかるのに、暴力を振るう先生がいる。らいおん君とパンダちゃんだけなんか先生から優遇されてる。授業も進行が遅すぎて退屈だ。学校の勉強は適当にして、ノートに漫画描いてよ。教科書の内容を漫画にしてれば、先生も怒らないだろう」


中学生のとき
「やっぱり、小学校より中学校の先生のほうが、道徳的にも優れている人間なんだろう。あと、それぞれの専門的に教える科目がある中学校の先生はすごいはず。一つの道を究めた人たちだからこそできる職業なんだな」

(しばらくして)

「先生の好き嫌いによる生徒への対応の違いがひどいし、先生の話し方に惻隠の情が感じられない。授業は教科書に書いてあることをまとめただけじゃんか。先生に、ちょっと教科書だけでは分からないことを突っ込んで聞いてみたら、逆に怒られたぞ。自分が知らないことは認めて、調べて教えてくれればいいのに。教科書に書いてあることしか先生が説明しないなら、自分で読めばいいよね。」

(しばらくして)

「興味のない数学と理科の成績が落ちたぞ。親も先生も勉強しろ勉強しろうるさい。でも、ちょっと真剣に勉強してみたら、学年で1番になれた。ごりらって天才なのかもしれない。しかも、成績がよければ、先生も親もうるさくない。そうか、自由に行動するには、テストの点数が高ければいいんだ。自由な時間は、漫画や本を読むぞ。」


高校生のとき
「自由闊達な校風で、大学受験を気にすることなく勉強できる校風って聞いてるけど、先生も生徒の自主性を重んじて、一芸に秀でた生徒達が好きなことに熱中できる3年間なんだろうな」

(しばらくして)

「授業は全然面白くないし、周りの生徒もナイスじゃない人ばっかり。これだったら受験進学校にいったほうが競争があって楽しかったよ。この高校出身者の大学での評価も先生が低いって言うし、大学受験しよっと」

(しばらくして)

「全然模試の偏差値が上がらないぞ。中学校までの勉強方法が通用しない。得意だった英語の偏差値が10.5だってさ。ごりらって頭こんなに悪かったんだ・・・。エスカレーターで行けた大学よりもランクの低い大学しかけそうにないぞ。ものすごい悔しいし、不本意だけど、今の学力で、自分が今知りたいと思っていることを学べる大学・学部を受験しよ。」


大学生のとき
「こんな超マイナーな学部学科に入ってくるなんて、よっぽど熱意のある人たちばかりなんだろう。面白い人たちと、演習の授業や飲み会を通じて面白い議論ができそうだ」

(しばらくして)

「周りのみんなは、まじめな人ばかりだけど何か退屈だな。アメリカの授業のように、講義で全然盛り上がらない。アウトプットができて、反応がダイレクトに返ってくる演習の授業だけは優がとれるようにがんばろう」


社会人になって
「人事部の人、みんな感じのいい人ばっかりだな。現場で困ったことがあったら遠慮なく連絡くださいだって。人事企画の課長なんか、自分の私用の携帯電話を教えてくれたぞ」

(しばらくして)

「課長も、ごりらが海外赴任をしたいって知っていて、最初の赴任地の希望をにこにこして聞いてくれたのに、なんで最初の赴任地が日本の現場なんだろう。うそつき! でも、サラリーマンでいる以上、どこで働くかは自分でコントロールできないことだから、日本にいる間に、関連する資格は取れるだけ取っておくことでビジネスの実務知識は持っておこう」

「新入社員のときにお世話になった人事部の人に残業時間の件で相談しようと電話したのに、折り返しの電話がこない。無責任だなあ。でも、人事の人も忙しいんだろうな。新人がみんな電話してきたら仕事にならないだろう。自分で調べて上司と交渉してみよう」 


海外赴任になって
「海外では外資系企業って扱いになるから、従業員も優秀な人ばかりで、先輩の駐在員も尊敬できる優秀な人なんだろうな。毎日が刺激的で、わくわくする経験ができるんだろうな」

(しばらくして)

「想像していたのと全然違うぞ。同じタイミングで赴任してきた人は2ヶ月で帰任しちゃった。こちらの会社の状況がわかっているのに、日本側は全然考慮してくれない。人事部も動きが遅すぎる。新入社員のときの人事企画課長の携帯に電話しても出てくれないぞ。そうか、会社なんて、ごりらが死ぬほど苦しい思いをしていることなんて、大して重く考えてないんだ。これから、転勤をするたびにこんな嫌な経験をする可能性なんて、いくらでもあるよね。自分が労働市場で誰にも負けない分野を見つけて、いつでも会社を辞められるくらいの稼ぐ力をつけなきゃな。若いうちに気づけてよかった」


もうお気づきでしょうか。


何かの権威が自分の道を保証してくれるはず――
自分が何かを学ぶ人間は、その分野について完璧な知識を持っている――
自分が希望したことは、誰かが影ながら支援してくれる――
自分が困ったときは、その状況を察してどこかの誰かが助けてくれるはず――
といった過度な期待がまずあり、その後、現実とのギャップにショックを受けます。しかしそのショックを契機として、自分で悩み考えた結果、やりたいこと始める、というパターンですべて成り立っています。この「期待→絶望→気づき→行動」のサイクルをずっとくり返してきたのです。


海外に出たことで、より一層高い立場の人間として日本の人事部と話すことになってやっと、自分が会社に対して高望みしていたことに気づいて、本来の(というよりは、将来ありうる厳しい状況での、と書いたほうが正確かもしれません)従業員と会社の関係を考えるようになったのです。


海外での日本本社とのやり取りが教えてくれたのは、「真剣な絶望から、明るい未来が生まれる」ということです。今度から、絶望するのをわくわくするして待つことができそうです。








今日のインプット

なし

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