2017年9月17日日曜日

社交性が高いとはどういうことか

英検スピーチの素です。英検1級の2次試験で問われそうなテーマについて、考えたことを英語で書いてみました。



<きっかけ>
知らない人と知り合うきっかけが増えてきており、どういう状態のことを社交性が高いといえるのか考えておりました。



<日本語で考えたこと>
一般的に、友達が多ければ多い人ほど、社交性が高いと考えられると思います。ここでいう友達が多いとは、年賀状がたくさんくるとか、仕事の後で飲みに行く相手が多いとか、ゴルフなど、週末の余暇を一緒に過ごすことができる相手が多いということを想定しています。


社会人になりたてのころはそうかもしれません。友達の多さは、その人がどれだけ自分で努力して人的ネットワークを広げることができたか、あるいは、いったん知り合った人とどれくらい深い関係を構築することができたかに依存すると思います。


しかし一方で、会社で出世して、立場が上になればなるほど、こういったソフトスキルはあまり関係ないような気がします。ごりらの周りには、会社での立場が高いからこそ「友達」づきあいしてもらっている人が多いと感じています。



話を整理するため、知り合いを親しさに応じてレベル分けしてみました。


レベル1:顔見知り 
名前と顔は一致し、会えば挨拶はするが、そのあとの会話は一度も話したことはない。

レベル2:知り合い
名前と顔が一致し、プライベートの連絡先を知っている。会社で同じプロジェクトを担当していたり、プライベートであれば何らかの付き合いがある(マンションの隣人や)。

レベル3:友達
レベル2に加えて、休日に街で後姿を見たときに声を掛ける程度に親近感を感じている。

レベル4: 親しい友人
一対一で1時間以上話が続く。海外旅行から帰る際、相手がどのエリアに住んでいたとしてもお土産を買って帰る。けんかをしたことがある。

レベル5:家族
必ずしも血は繋がっていなくてもよいが、レベル4に加えて、自分の持つ資源のすべてを共有したいと思う。

図で示すと、レベル1から次第にレベル5に絞り込まれていくような図になります。






























ごりらが言いたいのは、社会的な立場が上になるに従って、レベル2の範囲が広くなり、本人があたかも社交性が高いかのように錯覚するのではないか、ということです。

























そこで提案したい「社交性が高い」の新しい定義は、(自分の努力とはあまり関係ない)円の範囲を広げることではなく、レベル4、5の人の質を高める努力をすることです。ここで重要なことは、レベル1の内側にいるすべてメンバーを観察して、誰が信頼できそうかを見抜く力だと思うのです。この過程には、低いレベルから高いレベルへ「昇格」させるための観察眼も必要ですが、逆に高いレベルから低いレベルへ「降格」する観察眼も重要になってくるのではないかと思うのです。


都度、自分の顔見知りの態度や雰囲気を観察し、誰であれば自分の限られた資源を共有したくなるかを決断する力が、幸せな人生を送るうえで重要だと考えました。




<英語の構成>

結論 → 一般論 → 持論 → 結論



<英語でまとめ=スピーチ原稿>

     Although many people assume that having social skills presupposes having many close friends, I contend that having social skills means having the skill to prioritize among acquaintances.

     It is true that having plenty of friends is regarded as a certain social skill, especially when we are young. The more friends you have, the more effort you have to make to expand your human network and to keep good relationships. Your character really matters in expanding your human network and keeping good relationships. However, the older you are, the more chances there are to become acquainted with others, especially when you are in a senior position in a firm. Having a dozen friends who play golf with you on weekends and drink with you after office hours does not necessarily mean that you have many friends. How nice you are is not related to how many friends you have when you are in a senior position in a firm.


     According to my observation, the proportion of close friends to acquaintances is a constant. If you have two hundred acquaintances, the number of close friends will be around five and the close friend ratio is 2.5%. If you have one thousand acquaintances, the number of close friends should be twenty-five. This close friend ratio varies depending on the characteristics of people. However, the ratio for each person seems the same throughout his or her entire life. If my hypothesis is true, the most important social skill is to sort out priorities among acquaintances based on the observance of daily conversation and interaction. Usually, becoming inseparable friends starts with just becoming an acquaintance, doing a lot of activities together, and advancing mutual understanding. What is important is that we have to set priorities among acquaintances once we promote a certain acquaintance to close friend status. This is because our resources, such as time and money, are limited. We cannot buy one thousand souvenirs just because we have one thousand acquaintances.


     In conclusion, it is important for us to develop the skill of prioritizing among acquaintances so that we are able to utilize our limited resources more efficiently.



<その他>

・いつもの型(結論→理由は三つあります→理由を三つ述べる→結論)から外れてみました。
・その他のスピーチの素はこちら


2017年5月8日月曜日

いつまでinput続ける気ですか

英検スピーチの素です。


<きっかけ>
<日本語で考えたこと>
<英語の構成>
<英語でまとめ=スピーチ原稿>
<その他>



<きっかけ>
今、人生の中で一番意見を言うことを要請されている状況におり、今まで自分が受けてきた日本の教育との違いを痛感しております。



<日本語で考えたこと>
日本の教育は覚えること重視input-drivenで、欧米の教育は覚えたことを使うこと重視output-drivenするという対比のされ方をします。欧米の教育事情はよくは知りませんが、数少ない友人関係からの雑談上、当たっていると思います。


日本では少なくとも大学入学までは、いかに効率的に正確に覚えたかに教育に力点が置かれていると感じます。ごりらが思うに、政府と経済界が一体化して成長を遂げてきた高度経済成長期は、お上(政府・経団連)の言うことを信じて業務を執行してくれる人材がいれば十分だったのではないでしょうか。そんな中で、自分で考えて多数派と異なることを意見する人材がいても、組織の運営上困るだけだったのです。また、教える先生側も、自分たちが受けてきた知識偏重の教育をわざわざ変えて、考える生徒を育成する動機がなかったのではないかと思います。


今は学校で教えていないのかもしれませんが、全く意味がないとごりらが感じているのが、漢字の書き順です。文書が電子化されているこのご時世に、書き順を間違えたことで減点される必要はあるとは思えません。科目としても不満があります。感想文はたくさん書いた記憶がありますが、誰かを説得することを目標として意見を書いたのは、中学時代は「少年の主張」という年に1回のイベントだったと記憶してます。ごりらは大学に入って演習の授業で意見を言う機会が増えて、とても嬉しかったのを覚えています。もっと中学高校のときからアウトプットする機会があればよかったと思います。


答えが一つしか許さないのも、日本の学校教育ならではだと思います(少なくとも大学入学までは)。逆に言うと、答えが一つしかでないような問いしか聞かないのも、日本の教育の特徴です。


「いやいや、アウトプットするにはインプットがなければできないじゃいか」というそこのあなた。いったいどれくらいの知識があれば、意見を堂々と言えると思いますか? おそらく、下のグラフのように考えておられるのだと思います。知識を蓄積していけば、どこかで転換点が来て、自分の意見への自信がやってくる、と。
















(知識を貯めれば貯めるほど自信をもって発言できる?)





ごりらの経験上、ある意見を述べる際に、その意見を支えている知識を積み上げる「だけ」では、転換点はやってきません。知識を披露し、間違いを指摘され、また、より状況を正確に記述した仮説に自分で気づいたり、他人が分かるような説明の仕方を、アウトプットを通じて学んだときに初めて自信がつきます。


言い換えれば、ある意見を述べる際に、どれだけ周辺情報を集めて、正確かつ効率的に記憶したかは、「本番で」相手を説得できるかにはあまり関係なく、どれだけ「本番前」にアウトプットの機会を持つことで、小さなミスに気が付いて修正を加えたかが重要だと考えます。グラフにすると下記になります。













(発言すればするほど記憶できる)
(フィードバックを受ければ受けるほど軌道修正して次に自信をもって発言できる)






この関係は、外国語で何かを言うときにも成り立っていると思います。とにかく話してみて、それを元に反応が返ってきて、都度修正したほうが、より効率的にインプットすることができます。


先進国の中ではユニークな日本の教育スタイルを変える時がきたとごりらは考えます。日本の人口はどんどん減ってきていて、総務省によれば2050年には9706万人に減少すると予想されています。これからも税収を維持すべく、外国人労働者の割合がより一層増えていくと思います。そのような中、自分の意見を言うことに慣れていなかったり、意見の異なる人との議論の上で落としどころを見つけて行動設定に結びつけるのは、これまでの教育方法で訓練するのは限界にきていると思うのです。



<英語の構成>

結論:初等教育でアウトプットを増やすべき

理由①:AIにより、覚えることに意味がなくなってきている

理由②:アウトプットしたほうが(インプットだけよりも)インプットも効率的になる。
理由③:日本人だけで日本経済が成り立っていた時代は終わった。
結論:最初と同じ



<英語でまとめ=スピーチ原稿>


I contend that Japanese primary education should focus more on students’ putting out their thoughts instead of putting in information. There are three reasons for this.

First of all, it is an obsolete way of thinking that memorizing information in primary education. Looking around the situation where more and more artificial intelligence prevail in our business and daily scene, the value to remember the formula of mathematics and the correct order of Kanji becomes less and less. Of course it is necessary for us to remember the basics of the theory. However, the most important thing primary education should teach is how to apply to it.
            

   Secondly, putting out thoughts helps us input more precisely and effectively. The best time for me to enhance my skill of accounting and English was the time when I teaching. When we are putting out our thoughts, we have to organize our thoughts to make every audience understand it. Output is a good process for us to remember a theory in a well-organized way.
         

    Finally, given the global age, it is important for Japan to cultivate the youngsters who don’t hesitate to show their opinion.  Whether people in Japan like it or not, more and more non-Japanese people will work with Japanese people. In the global context, keeping silent during a meeting is not the implication of attentive hearing, but free riding of the discussion.  The past input-driven education system should be fine as far as the business environment is not changed. However, once the situation is changed, the Japanese government should adopt itself to the environment.


            For those three reasons, in my opinion the Japanese education system should spend more time on putting out thoughts. If the education system would not change, Japan could lose competitive advantage in the world.  



<その他>
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今日のインプット

なし

2017年5月5日金曜日

モーレツサラリーマンはどこへ消えた?

英検スピーチの素です。


<きっかけ
<日本語で考えたこと
<英語の構成>
<英語でまとめ=スピーチ原稿>
<その他>


<きっかけ
非日系企業に勤務する友達が増えてきて、会社の人事制度の違いを話すうちに、日本企業の人事的なあり方を考えてみました。



<日本語で考えたこと
最近の若い者は仕事をすぐに辞めてしまって我慢が足りない、と言われます。あるいは、最近の若手は仕事の付き合いに熱心ではないので自分勝手だ、とも言われます。


日本人の気質が我慢できない体質に変わってしまったのでしょうか。あるいは、日本人がプライベートを重視する気質に変わってしまったのでしょうか。


ごりらは違うと考えます。ある集団の行動が変わったと観察される場合、心のあり方が変わったとするよりも、仕組みが変わったと考えたほうが説明できることが多いと感じています。


戦後からバブルの崩壊まで、日本の経済が右肩上がりであることを前提に、企業側は学校を出た若者を定年まで雇用し続け、生産性とは関係なしに従業員の家族計画に基づいて昇給させ、(会社が大きくなるため)年齢にふさわしいポストも準備してあげることができたのです。


■鎖状にパッケージ化された伝統的人事制度






















若手は、生産性よりも低い給与に甘んじなければなりませんが、定年まで勤めることを前提に企業側は金銭による報酬ではなく、研修の機会をふんだんに与えました。また、企業はある一定の年齢を超えた従業員に、生産性よりも高い給与を払うように賃金体系を設計することで、若い世代が現在の低賃金を後で回収できると信じさせることに成功しました。生産性よりも高い給与をもらっているシニアは、すでに他社で使えるような一般的なスキルは身についておらず、自社に固有のスキルしか身についていないため、定年まで会社にしがみつくようになります。


会社側も様々な努力をしました。定年まで勤めてもらうために、企業側は他社でも役に立つようなスペシャリストを育成するのではなく、自社でのみ役に立ちそうなスキルを、ジョブローテーションや職務記述書を作らないことによって育成してきました。他にも、運動会や飲み会、職場旅行などを開催し、仕事=一つの会社に勤めること、という図式を作ってきました。このシステムの中では、たとえ少々辛い目にあっても、定年まで勤めあげることが合理的な判断となります。


ただし、これらのシステムの前提は、日本経済と日本企業が継続的に成長していく、ということでした。ここにきて、その前提が崩れてきています。それぞれのピースを結び付けている鎖が脆弱になってきています。そのような状況の中では、なるべく長く勤めるという選択はもはや合理的ではありません。また、飲み会や社員旅行に参加することも投資に合ったリターンがあるとは言えなくなってきました。決して日本人のサラリーマンが忍耐弱くなったのではなく、合理的な判断として、このような傾向がでてきたのだと理解しています。



<英語の構成>
結論→昔→今→まとめ、の段落で書きました。



<英語でまとめ=スピーチ原稿> 
In my opinion, work ethic of young people in Japan is different from those of the old not because they are impatient but because the current economic structure is different from the previous one.  Young officers in Japan are often criticized by the old for being impatient. Fifty years ago, it was the virtue in Japan to work for one company until retirement. On the other hand, young workers seem to leave their jobs thoughtlessly. However, I contend that those young officer’s behavior to leave their companies is from sound decision, not from being impatient.
              

    Fifty years ago, it was rational to stay at one company until retirement. In the context of Japanese economic growth, Japanese companies were able to make sure that every worker’s salaries could be increased year by year. In return, the employees were comfortable to stay at one company without worrying about losing their jobs. Assuming that their employees would work until retirement, Japanese companies provided more training and job-rotation opportunities on their new comers to be full-fledged executives in the long run. As a result, Japanese workers were satisfied with staying at one company and it was rational to stay at one company.  Those who dropped out of this route were regarded with disdain and their possibility to be promoted was strictly limited.


Given the Japanese recent economic uncertainty, it is not possible for Japanese companies to secure the annual wage hike for their employees at all. Once it is difficult for the employer side to make sure of continuous growth of salary and enough positions for senior employees, employee side is not encouraged to stay at one company. Once it is rational for young employees to seek jobs which deserve their productivity, the employers hesitate to offer training to young employees because young officers leave the company soon. All the more because of this employers’ countermeasure, the employees tend to leave the company.


In summary, Japanese work ethics is not from an endogenous factor, but from an exogenous system. Once external environment changes, the work ethics changes accordingly.



<その他>
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今日のインプット

なし


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